とことこと

JUNE 08 / 母と娘の森

パリでいけばな、手軽に文化交流

いけばながすごい!と思うことは、たとえ道具類が無くても、どこでもいつでも植物と器さえあればできるということだ。ある意味、とても手軽に日本文化交流ができる。それに世界中どこにいっても、抹茶が嫌いな人がいても、花が嫌いな人はそういない。フランスではよく自宅に招いたり、招かれたりする機会が多い。そんなとき、お花を持って行き、そこにある花瓶にすこし工夫して花を挿すだけで喜ばれることも。そんな時、いけばなをしてよかったなあ、と思う。

どこかいけばな的世界を感じる19世紀フランスの画家、アンリ・ファンタン ラトゥールの絵。リュクサンブール美術館で。

海外で生活をしていると、自分のルーツについて、日本にいる以上に考えされされることがある。
日本から離れ、自国と違う文化に身を置くことで、自分の国についてまた違った見方が出てくる。

距離を置くことで、どこか客観的な視点で自国を見つめる機会にも恵まれる。そうした広い視点を持てることこそ海外生活のメリットだ。

また海外の人に日本文化について紹介するとき、フランスとどう違うのか、どこが同じなのか、という根本的なことを考える機会にもなる。

その過程で発見するのが、温故知新、いままではぐくまれてきた日本文化の奥の深さだ。

カシスの葉とフランボワーズの実で。器は先週あった北マレのアンティーク市で。

たかが花、されど花。
いけばなを知れば知るほど驚かされることがある。華道は字のごとく、求道であり、花を通じて道を歩むこと。
茶道、書道、香道と、日本のお稽古にはどれも道がつくが、歩む道の先は同じかもしれない。そもそもフラワーアレンジメントをするにあたり、精神性をそこまで求める華道は、日本ならではないか。

いけばなは空間の美学なんて言われる。
花瓶の上をすべて花で埋め尽くすのではなく、あえて空間を残して、そこにあるもの以上の余韻を残す。
足りないものを精神性で埋める、まさにわびの美意識である。
一方西洋では、「均衡」「対称」「調和」をよしとする。ヴェルサイユ宮殿を例にとっても、見事な左右対称美がそこにある。とはいえ、Wabi、Sabiがフランス語化するくらい認知されつつあるのも確か。
人が美しいと思うものはたとえ文化的背景が異なっても同じはず。そんな探求を、いけばなを通じて続けていけたらと思う。

11区にあるレストランに飾っていた花。
いけばながラインの美しさを強調するのに対して、西洋のフラワーデザインでは面の美しさを強調。

Text/HIro Morita

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